レビュー・天を掃け 黒川裕子

「星を見つけるのが、おまえのやりたいこと?」
無言でうなずいたすばるに、駿馬は息を呑む。
「……わかんないけど、その夢、ハードル高すぎね? むずかしいんじゃないの」
「ハードルの高さは関係ない。あんたはむずかしかったからあきらめたのか? ……夢」
ビー玉みたいな目が駿馬を射貫く。浮かべた笑みは、挑発、いや、嘲笑だ。
駿馬はぽかんと口を開けた。
ジャブなしの右ストレート、またはロープに振らない三角飛びドロップキック。
――強烈。 (本文より)

短距離走者(スプリンター)として期待されながらも、走れなくなった駿馬(しゅま)は、たったひとりで小惑星探索にいどむすばると出会う。中学2年生の初夏の物語。

 

モンゴルの大草原の地で育った主人公・駿馬(しゅま)。

彼は毎晩、あたり一面の星空の下で、相棒の馬・流星(ハルザン)と共に、大地を駆け巡る日々を過ごしていました。

 

大好きな相棒と共に、大地を踏みしめ走る幸せを感じ、大切な友人に囲まれながら、伸び伸びと育った駿馬。

 

ですが両親の仕事の都合で、中学に上がると同時に、故郷のモンゴルを離れ、日本にやって来ることになります。

 

モンゴルと日本の環境の違いに戸惑うこともあれど、徐々に新たな環境に適応していく駿馬。

 

中学では陸上部に所属し、場所は変われど、変わることのない走ることへの情熱を抱えながら、充実した日々を送ります。

 

そんな日々が途絶えてしまったのは、「天才ランナー」としての周囲からの期待を一身に浴びながら、陸上の全国大会に参加したときでした。

 

駿馬は、突然の足の故障により、思うように足が動かせなくなってしまいます。

 

それに追い打ちをかけるように、モンゴルの友人から伝えられた訃報。

故郷のモンゴルで毎日ともに大地を駆け巡っていた相棒の馬・流星(ハルザン)が、突然亡くなったことを伝えられたのでした。

 

自らの思うがままに走る喜び、そして故郷でいつも一緒だった相棒。

自らの生きがいであった2つを同時に失ってしまった駿馬は、まるで抜け殻のようになってしまうのでした。

 

これまで、あんなに情熱を燃やしていた陸上部をやめ、同じく帰宅部の友人と「ダラダラ同盟」なる毎日を送る日々。

 

そんな彼を変えたのは、「天文オタク」である同級生、すばるとの出会いでした。

 

学校にも行かず、毎晩雨の日も風の日も山に登り、天体望遠鏡を構えるすばる。

 

無数のラメを散らばせたようなキラキラした目で、毎晩一日も欠かすことなく、夜空を見上げ続けるのでした。

 

なぜすばるが天体観測を続けるのか。

 

大好きだったのに、もうこの世にはいない父親が見つけた惑星。まだ正式に認定されていないその惑星を、もう一度自らの手で見つけ、正式な記録として残したい…。

 

すばるのその強い思いに触れ、毎日何の目標も喜びもなく過ごしていた駿馬の心が動き始めます。

 

すばるの夢を叶えることが、自らの夢に変わっていった駿馬。

 

駿馬は、すばると同じく天体オタクの先輩・瑠生(るい)と共に天文部を立ち上げ、本格的に活動を始めます。

 

駿馬の熱い行動力、すばるの豊富な天文への知識、そしてプログラミングに長けた瑠生の知恵をフル動員して作り上げた努力の結晶、自動天体観測装置。

 

中学生のお小遣いで集めた、中古部品の寄せ集めで作った装置だったものの、そんなこと微塵も感じさせないくらいの働きで、彼らの天体観測の精度は格段に向上します。

 

途中でトラブルに見舞われたり、仲間割れが起きたりと、夢を叶えるのは決して従順な道ではありませんでした。

 

彼らの努力の結晶であった観測装置が、悪意を持った何者かに壊される、という事件が起きた際には正直、もう中学生の力ではどうしようもできないと、読みながら途方に暮れてしまうような感情が湧いてきました。

 

ですが、読者の私があきらめても、本の中の彼らは決してあきらめません。

 

もう駄目だと思っても、少しでもまだ道が残されているなら、全速力でそちらに向かって走り続ける。

 

そして、最後に夢をつかみ取っていく彼らの姿は、とてもキラキラ光り輝いていて、まる満天の星空のようにまぶしかったです。

 

私は大人になってから、興味を持ったことでも、少し手を出してみてうまくいかなかったらすぐにあきらめてしまうといった、ダメな大人の典型のような日々を過ごしていました。

 

ですが、まだ若い中学生なのに、辛いことを何度も乗り越えながら夢をかなえようとする彼らの姿に、「年上の私がすぐにあきらめてどうするんだ!」と、気持ちを奮い立たされました。

 

この本の中で、「何かを達成するよりも、辞めないことが一番難しい」という言葉が出てきます。

私はこれを読んで、本当にその通りだと思いました。

 

何か新しいことを始めるときは、夢や希望ばかりに目が行き、少しでもうまくいかないと感じると、それだけで当初の熱い気持ちがそがれてしまうことは、よくあると思います。

 

ですがそんなときには、困難を乗り越えて夢を掴もうとした、熱き主人公たちの姿を思い浮かべて、「もう少し踏ん張ってみよう!頑張ってみよう!」と思います。

 

満天の夜空を胸に浮かべながら、若き熱い心に触れられた、とても心に沁みた小説でした。

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天を掃け 黒川裕子